清水 宗治の辞世の句


清水 宗治(天文6年(1537年) - 天正10年6月4日(1582年6月23日))の辞世の句。

「浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して」








黒田孝高が策した水攻めにあって城は落城寸前に追い込まれる。
この水攻めの最中の6月2日に京都で本能寺の変が起こって信長が死去し、
その報を知った秀吉は宗治の命を条件に城兵を助命する講和を呼びかけた。

宗治は信長の死を知らぬまま、その2日後に兄の月清入道や
家臣2人らとともに水上の舟において切腹した。享年46。


第29回 「天下の秘策」

軍師官兵衛は第53作目のNHK大河ドラマです。


  


表面の一部が火災で溶けた、藤四郎丸茶入

表面の一部が火災で溶けた、藤四郎丸茶入







本能寺の変は、1582年6月21日(天正10年6月2日)、
備中高松城包囲中の羽柴秀吉を救援しようとしていた織田信長に対して、
先発させた家臣明智光秀が謀反を起こして丹波亀山城から引き返し、
京都の本能寺に宿泊していた信長と妙覚寺に宿泊していた
当主の織田信忠を襲撃したクーデター



第28回「本能寺の変」  


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